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綾小路秀麿アイドルを語る

 第4回 1998年のアイドル

 〜モーニング娘。とオリコン1位〜


(大三元)こんばんわ、大三元ツモ夫です。今日は、98年9月21日付のオリコンで「モー娘」(笑)が1位を獲ってしまったので、そのへんの事情について綾小路秀麿社長と話を進めていきたいと思っていましたが、いつの間にか1999年になってしまっていたので(苦笑)、今回は1998年の総括とゆ〜ことでひとつ。

(綾小路)「いやあ、アイドルがこの世紀末に及んでオリコン1位を獲れるとは…(感涙)。モー娘のオリコン1位は、私的には90年代アイドル史上最大の出来事だと思っているんだけど」

−ええっ?モー娘の1位って、そんなに凄いことなんですか?

「なんたって、この世紀末になって、女子供に頼らない『純粋な女性アイドル歌手』が1位になったんだからね」

−でも、MAXとか、先生のお嫌いなヒロスエとかも1位獲ってるじゃないですか。

「あいつらは、僕の言うところの『アイドル』としては不純(笑)だからね。昔から何回も言っているから君もよく解っているだろう」

−確か、先生の『アイドルの定義』とは、『中高生の異性をメインターゲットにした、ターゲットと同世代の歌手』でしたよね。石野真子のファンの8割が男子中高生で、レイジーのファンの9割が女子中高生って感じで。

「そう、そして、男性アイドル=ジャニーズ系では、多少消費者の年齢層が上に伸びてはいるものの、未だにこの定義が当てはまるよね。ジャニーズのレコードを買ったり、コンサートに来たりするのは9割以上が若い女性だからね」

 

90年代のアイドルシーン

 

−でも、女性アイドルに関して言えば、この法則は90年代に入って崩れたと…。

80年代末、CMから宮沢りえ・観月ありさ・牧瀬里穂のいわゆる『3M』が出てきた頃から『アイドル=歌手』の図式が崩れ始めた」

−『ザ・ベストテン』が終了したのが、確か89年秋でしたよね。

「そして、90年代前半、『ポスト3M』と言われた内田有紀・一色紗英・ともさかりえの時代になると、完全に『アイドル』は『歌手』と訣別する」

−一色紗英はとうとう歌手デビューしませんでしたからねえ。

「で、1994年9月、最後の大物女性アイドル歌手グループCoCoの解散をもって、女性アイドル歌手はその四半世紀の歴史にピリオドを打った、かと思われた」

−そこに忽然と現れたのが、小室哲哉大先生だったわけですね。

「そう。ストリートファイターとのタイアップではあったものの、それまでソニーがいくら金をかけても売れなかった『最後のB級アイドルグループ』(笑)東京パフォーマンスドール出身の篠原涼子の「恋しさと せつなさと 心強さと」が大ヒットしたのが奇しくも94年後半。以後、内田有紀、安室奈美恵、ヒロスエときて、いよいよモー娘となるわけだ」

−でも、先生の好きだったともさかりえ、雛形あきこ辺りは、人気は出ましたけどレコードは売れませんでしたね。

「オキメグやマメグやフカキョーも、今のところ出していないしねえ。やはりもう世間一般では『アイドル=歌手』という図式は完全に崩れたと見ていいね」

 

7080年代のアイドル

 

−先生は数年前、アイドル歌手崩壊後のアイドルを『存在としてのアイドル』って呼んでいた時期がありましたよねえ。なんでも、90年代は再びアイドルそのものの原石の輝きで評価する『スター回帰』の時代で、この有兆記号はすでにおニャン子全盛の86年、ゴクミによる美少女ブームに現れていたとかなんとか…。

「ううむ、それはニューアカの悪しき影響(笑)だな。でも、当時は、ホントに女性アイドル歌手が絶滅寸前になっちゃって、一色紗英なんかが理論的に説明できなくなっちゃったから、苦し紛れに編み出したんだろうね」

−いま言い直すとしたら?

「まあ、『テレビタレントとしてのアイドル』かなあ(爆)。CMにしろドラマにしろバラエティにしろ、テレビに出て、視聴率を取れてナンボ、っていう世界になってしまったと」

−それはどうしてですか?

「かつて、娯楽が映画とレコードしかなく、ラジオも一家に一台しかなかった頃は、家長ウケする歌の上手い歌手が流行歌手だった。やがてテレビが登場すると、映画はテレビにとって代わられ、歌手もテレビと共存せざるをえなくなった。音声と映像がミックスされるようになると、ルックスも重視されてくるようになる。そして、経済的に豊かになり、趣味が多様化し、若者も自由にテレビを見たり、雑誌やレコードを買うことが出来るようになると、若者だけをターゲットとする商品もラインナップされるようになる」

−で、それがアイドルだったと。

「そう。アイドルが誕生したのは天地真理・小柳ルミ子・南沙織の三人が出揃った1971年頃であるということは、すでに学会(笑)の定説になっているけど、その頃は70年安保が不発に終わり、学園闘争も学生側が敗北し、若者の間にシラケムードが漂い始めた頃だね。音楽的には、GSブームが去り、フォークも反戦歌が下火になり、ささやかな幸せを歌う曲、「結婚しようよ」とか、が台頭してきた頃だね」

−ところで、『アイドル』の語源って、どの辺りにあるんですか?

「『アイドル』という用語が国内で一般的に使われ始めたのは、1963年に公開されたシルビー・バルタンの映画『アイドルをさがせ』と、1964年にリリースされたビートルズのアルバム『四人はアイドル』からだね。つまり、当初『アイドル』とは、洋モノのトップスターを意味する高級な言葉(笑)だったんだ」

−60年代の『御三家』(西郷輝彦・舟木一夫・橋幸夫)とか『三人娘』(伊東ゆかり・江利チエミ・中尾ミエ)とかは、アイドルではなく『青春歌手』と呼ばれてましたからねえ。

「『アイドル』という言葉が一般化したのは、『新御三家』(西城秀樹・郷ひろみ・野口五郎)と『中三トリオ』(桜田淳子・山口百恵・森昌子)が成立した1974年頃だね。で、アイドルは80年代前半『花の82年組』(中森明菜・小泉今日子・松本伊代・早見優・石川秀美・堀ちえみ・三田寛子など)とともに全盛期を迎える」

−でも、花の82年組までのアイドルって、『赤いシリーズ』で活躍した山口百恵を除いて、歌中心でドラマには本格的に進出しませんでしたねえ。

「やはりまだ、アイドル=歌手という固定観念があったからだろうねえ。アイドルは歌が下手だという批判がなされていた時代が懐かしい」

 

アイドル歌手の衰退

 

−では、どうしてアイドルと歌手は切り離されていったのですか?

「多分そのきっかけは、83年に創刊された『モモコクラブ』だね。それまでのアイドルオーディションって『スター誕生』に象徴されるように、審査のメインは歌だった。しかし『モモコクラブ』は誌上で、写真とプロフィールだけでモモコクラブ会員のオーディションを行い、そこから菊池桃子・西村知美からCoCoの大野幹代までを世に送り出した。また、モモコに対置されるおニャン子も、番組内新会員オーディションでは、歌唱力よりもパフォーマンス重視で選んでいたからね」

−で、アイドル歌謡は下火になったと…

「でも、アイドル歌謡が絶滅寸前までいった最大の要因は、83年のファミコンの登場だね。この頃までにアイドルは、購買層の八割が中高生という『世代商品』になっていた。それをファミコンがごそっとさらっていってしまったんだ」

−87〜88年にかけて、レコード売り上げは大底になりましたよね。

「アイドルもロックもみんな下火だったよね、世の中はバブル景気の真っ最中というのに。映画・レコードは不況に強く好況に弱いって言われるけど、その通りになった」

−それは何故なんですか?

「景気のいいときには、遊ぶのに忙しくて映画を見たりレコードを聴いたりしている暇がない。逆に、景気が悪くなると、残業と収入が減って暇や家にいる時間が長くなるから、安くて暇潰しになる映画やレコードが売れる」

−なるほど。

「しかし、88年にシングルCDが登場し、カラオケが若い人まで普及し、『イカ天』が始まると、パフォーマンスのネタにするため、またレコードが売れるようになる。で、90年代に入ってミリオンセラーラッシュとなるわけだ」

 

「F1層」の時代

 

−今日の消費の中心は、いわゆる「F1層」と呼ばれる人たちなんですが、「F1」って何なんですか?

「これはテレビ業界用語でね、個人視聴率調査のときに視聴者の年代を8つに分けて分析するんだけれども、そのうち2034歳の女性を『F1』と呼ぶんだ。この年代は、一昔前『Hanako族』と呼ばれていた層で、一番流行に飛び付きやすく、金払いもいいんだ。だから消費の中心なんて言われてる。今は女性も晩婚で働いているから金回りがいいし、20代独身女性でもマンション買うからね」

−でも、「M1」(20〜34歳の男性)だって独身貴族が多いんじゃないですか?

「キミ、20代、30代のサラリーマンが月曜午後9時にテレビドラマにうつつを抜かせるほど世の中甘いと思うかね?」

−い、いえ…

「肝臓の鍛錬に忙しい男子サラリーマン諸君とキャリアウーマンの皆さんは、23時台のニュースからじゃないとテレビなんて見れないよ。平日の21時台にテレビが見られるのは、女子供と老人だ。でも、子供は塾に通っているかゲームに熱中しているし、老人は保守的で購買意欲が低い−これからの高齢化時代では老人もメインターゲットになるけどね。で、この時間の視聴者で一番パワーのあるF1に媚びた編成になるのは仕方ないね。民放も商売だからね」

−ところでずっと疑問なんですけど、先生のおっしゃる「趣味の多様化」が進んだ場合、テレビに代表されるマス媒体って、パワーを失うんじゃなかったんですか?

「確かに、昔はそういう議論もあったけど、現実はそうならなかった。泉麻人の『無共闘世代』じゃないけど、結局現代の若者の世代共通体験は、男はゲームで、女はトレンディドラマなんだ。暮らしが豊かになり、生活必需品、それも、ビデオやMDまでを入れての必需品を皆が持つようになり、また、少子化で懐が豊かになると、新しく買うものって本質的には何もない。で、ドラマにでてくるプラダのバッグとかを買うわけさ」

−少子化の影響でガキ大将がいなくなり、幼少期の集団生活訓練がなされなくなった結果、小学校では学級崩壊が起きていますしね。

「今の子供は表層的な付き合いしかできないらしいね。人間関係のストレスで胃潰瘍になるガキがホントにいるなんて笑っちゃうよ。で、外交のツールとしてゲームとかテレビとかがある。ポケモン集めてればとりあえず全国どこに行っても子供同士コミュニケーションがとれるからね。思うに今の若い人は、相当保守化してるし画一化してるね。でも少子化の影響で皆唯我独尊だから始末が悪い」

80年代に比べて消費が画一化し、昔に比べて一発当たると非常に大きくなった。それで90年代はミリオンセラーラッシュとなったわけですね。

「まあ、そういうことだ」

 

モーニング娘。の1位の意義

 

−話があっちこっち行ってしまいましたが、ここらで元に戻したいと思います。どうして先生はモー娘のオリコン1位獲得をそんなに重要視なさるんですか?

「消費の主役がF1になって以来、女性アイドルですらターゲットを同年代の女性に絞るようになってきた。『CAN YOU CELEBRATE?』なんて200万以上売ったけど、四分の三は女性が買ってるよ。ヒロスエだってF1狙いで竹内まりやや広瀬香美を起用してるしね。純粋なアイドル歌手って、今や水野あおいや森下純菜みたいな意図的に仕掛けたアルテミス系しかいないね」

−女性アイドルの支持層が、いつの間にか男性から女性中心になったのは、松田聖子が最初でしょうかね?

「まあ、菩薩になった山口百恵が最初だろうけど、あれは戦後日本の総決算だからね。結婚直前に引退しちゃったし。だから、松田聖子が最初と考えて差し支えない」

−聖子は、松本隆・財津和夫・松任谷由実・大滝詠一なんかを起用して女心を揺さぶることに成功しましたね。結婚・出産・離婚後も人気が落ちないのはすごいことです。

「その後、明菜やキョンキョン、最近ではアムロもファン層逆転で長生きしてるし」

−男の方が飽きっぽいんですかね?

「こういう例え話があるよ。女は好きな男の過去は気にしないけど、男はすごく気にするってね。確かに、女は産めば全て自分の子供だけれど、男は女に産ませた子が自分の種なのかわからないからね」

−は、はぁ…

「ともかく、90年代に入って女性アイドルも大成するには女性の目を無視できなくなった。と言うか、ターゲットが女性になった。で、ターゲットが男性である旧来の女性アイドルはほとんどいなくなった」

−従来の男性アイドルマニアは、制服向上委員会やアルテミス系に走って、さらに世間から隔絶していったわけですね。

「そして、それと前後して第三次声優ブームが起こった。しかし、『第三次』と言っても最初の2回は男性声優中心だったから、実際には初の『女性声優ブーム』が起こったわけだ。この声優ブームは、94年暮れにプレステなどCDを使って喋るゲームが出てからブレイクし、今やトップ声優の林原大姐御はシングルでも確実にベストテン入りするまでになった」

−で、その70年代アイドル的展開に、先生をはじめとするアイドルマニアの一部も声優に転んだんですね。

「声優ファンは、かつてのアイドルのように男性中心社会(笑)だからねえ。作品もバリバリに男に媚びてるから、聴いててキモチいいのよ」

−そんなところにモー娘の1位です。

「この世紀末の世の中に、声優でない純粋なアイドル(=ファンのほとんどが男性)がオリコンで1位を獲れるなんて、信じられないね。しかも、紅白出て、レコ大の最優秀新人賞まで…(感涙)。なんだか、21世紀も生きるぞって勇気が湧いてきたねえ」

−ちょっと大げさですが、確かに、7080年代の文脈で語れるアイドルがこの世紀末にオリコンで1位を獲るということは、先生みたいなオールドアイドルマニアにとってみれば凄いことなんでしょうねえ。

「僕の嫌いな林原が96年に初めてベストテンに入ったときですら涙した身の上だからねえ。もうこの感動と興奮(笑)はちょっと言葉では…」

−でも、どうしてこの世紀末にモー娘が1位を獲れたんですか?

「そりゃぁあーた、アイドルが復活したからに決まってるじゃないですか…、って云いたいところなんだけどね、現実的には、白木屋の閉店セールにあれだけ人が集まったように、『愛の種』の限定5万枚が効いたのではないかと」

−『ASAYAN』の手法って、我々から見ると陳腐化したものですが、若者が見るとそれが新鮮だったと。

「多分、クラブ活動(笑・アクセントは後ろ)するほど派手ではなく、かと言ってゲームオタクになるほどクラくもない普通の若い男の子の心の琴線に触れたんだろうねえ。80年代、アイドルのイベントやコンサート会場にあった、あの連帯感よもう一度、って感じなんじゃないの」

−イマドキの若者はアイドルなんて知りませんからねえ。

「ホント。あたしゃ90年代初頭に、近所の幼児がザードを口ずさんでいたのを聞いて大きなショックを受けたことがあるからね」

−では、先生の98年のナンバーワンはモー娘ということで…。

「いやあ、個人的には98年のナンバーワンは優香ちゃんなんだ」

−そ、そんな、今までの話を全て無にするようなこと言わんでください。

「でも、好きなんだもん」

 

1998年の総括

 

98年の先生の選ぶアイドルベストテンはどうなります?

「1位が優香。以下、京野ことみ、丹下桜、野村佑香、深田恭子、小島可奈子、モーニング娘。、浅倉めぐみ、吉井怜、飯塚雅弓の順かな。で、次点が大森玲子。ちなみに一番聴いたのはマリスミゼルだけど」

−グラビア系のコが多いですねえ。

「何故なんだろ?(苦笑)。自分でもよく判らないけど、98年はロリ顔巨乳に勢いがあったのは確かだね。京野ことみも丹下桜も実は巨乳だし(笑)。それにしても優香は、ホリプロが満を持して世に送り出した『ホリプロ初の巨乳アイドル』だけあって、素材もよく展開も派手で、あっと言う間にスターダムにのし上がったね。雛形あきこ以来の逸材だから、99年が楽しみだね。」

98年はホリプロが元気でしたよねえ。

「今までのセンスの悪さがウソのようだ。きっとプロデューサーが代わったんだな」

−ところで、先生の見立てと『NIPPONアイドル探偵団』とはかなり違いますね。

「向こうはテレビ・ドラマ偏重、こっちはグラビア・レコード偏重だからね。だから、正確に言うと、向こうは『テレビ・ドラマアイドル探偵団』、こっちは『グラビア・レコードアイドルを語る』だね」

−アイドル業界もかなりタコツボ化が進んでいるということですね。ところで、世間一般的に98年もっとも活躍したアイドルと言えばやっぱりヒロスエだと思うんですが、先生はどうしてヒロスエがお嫌いなんですか?

「四半世紀もやってると本能的に匂うんだ。コイツは男の子向けとか、コイツは女の子向けとか」

−確かにピロは女の子をターゲットにしている節もありますねえ。

「高校生の分際で堂々と昼這い(笑)するとは許せん、とオールドライクな人は思うわけだ。でも、イマドキの若い人は高校生がセックスのひとつやふたつするのは普通だと思ってるからねえ。むしろ親近感が増してるかもしれないよ」

 

まとめ−99年のアイドルシーン

 

−なるほど。では先生、最後に99年のアイドルシーンについてひとことお願いします。

「ポストピロはフカキョーで決まりみたいだね。あとは、モー娘に続いて男の子だけでレコードが売れるアイドルが出てくるかどうか。グラビア系はレコードデビューが決まった優香がどのくらいグラビア以外で活躍できるか、だね。98年は、ドラマ・歌・グラビアと各ジャンルにバランスよく新しい勢力が出てきたから、99年〜2000年にかけては98年ブレイク組が引っ張っていくんじゃないかな。ちょうど、花の82年組が8385年にかけて全盛期を迎えたみたいに」

−これから21世紀にかけて、久々にアイドルが隆盛を迎えると。

「そうなって欲しいものだね」


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1999.2.15 Updated